愛猫の健康を守る:感染性腹膜炎(FIP)
1. はじめに
・FIPとは何か?
・ 猫におけるFIPの重要性
2. FIPの定義と原因
・ FIPの医学的定義
・ FIPの原因と発症メカニズム
3. FIPの伝播方法**
・感染経路と伝播のメカニズム
・多頭飼育環境におけるリスク
4. FIPの形態
・湿潤形FIPとその特徴
・乾燥形FIPとその特徴
5.FIPの症状
・全身症状と臓器特有の症状
・眼や神経系への影響
6. FIPの診断
・診断方法と挑戦
・実験室検査と画像診断
7.FIPの治療
・現在の治療方法とその限界
・最新の治療研究と展望
8.FIPの予後
・治療後の生存率と生活の質
・ 管理とサポート
9. FIPの予防と管理
・ワクチンと感染リスクの軽減
・多頭飼育環境での対策
10. まとめと今後の方向性
・ FIPに関する最新の知見
・飼い主と獣医師のためのガイドライン
猫の感染性腹膜炎(FIP)とは何か?
猫の感染性腹膜炎(FIP)は、猫コロナウイルスによって引き起こされる重篤で、通常は
致命的な病気です。この病気は世界中で見られ、多くの猫が猫コロナウイルスに感染し
ていますが、重症のFIPを発症する猫はごく一部に限られています。なぜ特定の猫のみが
この病気にかかるのかは完全には理解されていませんが、ウイルスの変異と猫自身の不
適切な免疫反応が原因と考えられています。
FIPはすべての年齢層の猫に発症する可能性がありますが、6ヶ月から2歳の若い猫で最
も頻繁に見られます。また、ペルシャ、アビシニアン、ベンガル、バーマン、ヒマラヤ
ン、ラグドール、レックスなどの純血種の猫が発症しやすい傾向にあります。特に、感
染したコロニーで育った子猫は、母猫やキャリア(病気の兆候がない感染猫)からウイ
ルスに感染するリスクがあります。
FIPの伝播方法
FIPの最も一般的な感染経路は、感染した猫の糞便を介したものです。猫はウイルスの粒
子を糞便に排泄するため、共用のトイレは感染の主要な原因となります。また、唾液を
介しての感染も可能であり、相互のグルーミング、同じ食器の共用、くしゃみ、そして
密接な接触を通じてウイルスが伝播することがあります。
多頭飼育の家庭においては、FIPのリスクが特に高まります。これは、猫間の接触が頻繁
であるため、ウイルスの拡散が容易になるためです。また、母猫から胎児への垂直感染
の可能性も示唆されていますが、その頻度は不明です。
FIPは、猫の間で広く普及しているウイルスによる病気であり、その伝播と発症には様々
な要因が関係しています。猫を飼う際には、これらの情報を頭に入れておくことが重要
です。
FIPの形態
猫の感染性腹膜炎(FIP)には主に二つの形態があります:湿潤形(滲出性)と乾燥形
(非滲出性)。以前はこれらを別々の病態として区別していましたが、現在では多くの
場合、両方の特徴がある程度存在していると考えられています。
・湿潤形(滲出性)FIP**: この形態は、腹部や胸部内に明らかな液体の蓄積が特徴で
す。この液体の蓄積は、腹部の膨満感や呼吸困難を引き起こすことがあります。液体は
しばしば黄色がかり、高いタンパク質濃度を持っています。
・乾燥形(非滲出性)FIP**: 乾燥形では、炎症細胞が肝臓、腎臓、目、脳などのさまざ
まな臓器に蓄積します。これにより、特定の臓器の障害が引き起こされ、多様な臨床症
状が生じます。
症状
FIPの症状は、感染した猫の年齢、ウイルスの変異、感染した臓器によって異なります。
症状は非常に多様で、以下のようなものが含まれます。
・全身的な症状**: 発熱、食欲不振、体重減少、うつ症状。長期間にわたる微熱や全身倦
怠感、大きな臓器系の障害(腎臓、肝臓)も見られることがあります。
・腹部の臓器への影響**: 約半数の猫で腹部臓器(腎臓、肝臓、脾臓、膵臓、リンパ節)
に関連する症状が見られます。
・眼と中枢神経系への影響**: 眼への影響では、片目または両目に出血や膿の蓄積が見ら
れることがあります。その他の眼の変化には、盲目も含まれます。中枢神経系への影響
では、筋肉の協調性の低下やわずかな麻痺が始まり、次第に全身の筋肉協調性の失敗に
進行します。発作(けいれん)、震え、性格の変化、触覚への過敏性も見られることが
あります。
FIPは、非常に予測不可能な病気であり、猫の健康状態が急速に変化する可能性がありま
す。したがって、猫がいつもと異なる行動や健康状態を示した場合は、速やかに獣医師
の診断を受けることが重要です。
診断
猫の感染性腹膜炎(FIP)の診断は複雑で、獣医師は通常、以下の方法を組み合わせて行
います。
・医療歴と身体検査**: 猫の医療歴の詳細と身体検査の所見が初期診断のために重要で
す。特に、繰り返す発熱や体重減少、他の病気の症状がある場合、FIPの可能性が高まり
ます。
・実験室検査**: 血液検査、尿検査、腹水や胸水の分析などの実験室検査が行われます。
これらの検査は、FIPの特徴的な病変を示すことができます。
・画像診断**: 超音波検査、X線検査、MRI、CTスキャンなどの画像診断技術がFIPの診断
に用いられることがあります。これらの検査は、体内の異常な液体蓄積や臓器の変化を
検出するのに役立ちます。
・外科的生検**: 最終的な診断を下すために、外科的生検が必要になることもあります。
これは、感染した組織のサンプルを取り、病理学的に分析することによって行われま
す。
治療
現在、FIPに対する特定の治療法は存在しませんが、以下の治療オプションが提供される
ことがあります。
・炎症と免疫反応の抑制**: ステロイドなどの抗炎症薬や、免疫抑制剤が症状の緩和を目
的として使用されることがあります。
・対症療法**: 症状を緩和し、猫の快適さを高めるために、点滴、栄養補助、鎮痛剤など
の対症療法が行われます。
・新しい治療法の研究**: FIP治療に関する研究は進行中で、新しい薬剤や治療法が開発
されつつあります。しかし、これらの治療法の有効性や安全性については、まだ十分に
は確立されていません。
2023年時点での猫の感染性腹膜炎(FIP)の最新治療法について、以下の重要な進展が
あります:
1. GS-441524とレムデシビル: これらの核酸アナログは、もともとヒトのエボラウイ
ルス治療のために開発されましたが、FIP治療において顕著な効果を示しています。研究
では、人工的に感染させた猫と自然感染した猫の間で80%から100%の治癒率が報告され
ています。
2. 注射用レムデシビルと経口GS-441524: 注射によるレムデシビルの使用後にGS-
441524を経口投与する治療法が効果的であることが示されています。この研究では、6
ヶ月での生存率が86%、84日での寛解率が56%に達しました。
3. 経口GS-441524とレムデシビルの治療: これらの薬の経口形態による治療法の有効性
が評価されており、痛みを伴うGS-441524の日々の注射の代替となる可能性がありま
す。
4. 間葉系幹細胞(MSC): GS-441524と共に、MSCがFIP治療に有効かもしれないと研究
されています。MSCは炎症の減少、疲労したT細胞の再生、感染後のリンパ組織の再生
を促す可能性がありますが、FIP治療におけるその効果はまだ検証中です【127†出典】。
5.規制上の課題: これらの治療法は有望であるにもかかわらず、現在は猫に対してFDAの
承認を受けていません。このため、獣医師はこれらの薬を合法的に使用、販売、または
処方することができません。
6. 今後の見通し: これらの治療法の安全性と有効性に関する証拠が増えてきているた
め、将来的には猫での使用がFDAに承認されることが期待されています【128†出典】。
FIP治療に関する状況は進化し続けており、研究は治療オプションの改善を目指して続け
られています。飼い主と獣医師は最新の研究に注意を払い、最新の治療プロトコルにつ
いて獣医専門家と相談することが重要です。
予後
残念ながら、FIPを発症した猫の予後は一般的に悪いです。治療を行っても、多くの猫は
病気から回復することはありません。一部の猫では、治療により数ヶ月間の生存期間が
延びることがありますが、これは稀なケースです。治療に応じない場合や、猫の生活の
質が著しく低下した場合は、安楽死が検討されることもあります。
FIPの診断と治療は、獣医師の専門知識と経験に大きく依存します。猫の飼い主として
は、早期に異常を察知し、迅速に獣医師の診断を受けることが重要です。
予防と管理
猫の感染性腹膜炎(FIP)の予防と管理には、以下のような複数のアプローチが含まれます。
1. ワクチン接種: FIPに対するワクチンが存在しますが、その効果には限界があります。
多くの成猫はすでに猫コロナウイルスに曝露されているため、ワクチンはこれらの猫の
感染を防ぐことはできません。また、ウイルスが存在する家庭では、16週齢でのワクチ
ン接種開始は、子猫を守るには遅すぎる可能性があります。アメリカ猫医師会はFIPワク
チンの使用を「推奨しない」としています。
2.感染リスクの低減: FIPの主要な感染源である糞便を頻繁に除去することが重要です。
これには、トイレの清掃と消毒が含まれます。また、早期離乳や、コロナウイルス抗体
検査で陽性反応を示した猫の隔離も有効です。
3. 猫のショー後の隔離と検査: 猫の展示会やショーから帰宅した後は、他の猫との接触
を避け、必要に応じて検査を行うことが勧められます。
4. 衛生管理: 適切な清掃とウイルスに対する消毒剤の使用は、感染リスクを低減しま
す。他の猫のウイルスに対するワクチン接種も、感染リスクを減らすのに役立ちます。
5. 全体的な予防健康プログラム: 全体的な予防健康プログラムには、定期的な健康診
断、適切なワクチン接種、栄養管理が含まれます。
多頭飼育の家庭や施設では、猫コロナウイルスを完全に排除することは非常に困難で
す。そのため、FIPの発症リスクは常に存在します。FIPを発症した猫がいる場合、その
猫と接触している他の猫はすでに同じウイルスに曝露されていますが、幸いにもほとん
どの場合、これらの猫は病気を発症しません。ただし、新たに他の猫、特に子猫を迎え
入れる際には注意が必要です。FIPで猫が亡くなった場合は、新しい猫を迎える前に最低
でも2ヶ月待つことが推奨されます。
これらの予防と管理のアプローチは、FIPのリスクを低減するために、飼い主と獣医師が
共同で取り組むべき重要な手段です。